トゲナシヌマエビ Caridina typus H. Milne Edwards, 1837
十脚目>抱卵亜目>コエビ下目>ヌマエビ科>ヒメヌマエビ属
琉球列島から福島県・石川県まで分布しているヌマエビ類。
聞きなれない和名から、多くの人が珍しいエビと思うかもしれないが普通種である。
和名の通り、額角上縁に鋸歯が無いため「トゲナシ」と呼ばれているが、稀に1歯ある個体がいるらしく、勝手ながら「幻のトゲアリトゲナシヌマエビ」と呼んでいる。
(なお、実物は見たことはない)
額角歯式は 0+0/0-4 と、写真のように額角下縁には歯がある場合もある。
日本に生息するヒメヌマエビ類は、本種を除いてすべての種で上縁歯を有するため、額角を観察することで容易に同定することができる。
ただし、西表島固有種のイリオモテヌマエビは上縁歯を持たないことがあるため、他の形態的特徴も確認した方がよい。
額角の短さや指節の短さ、なめらかな体のラインから、上流域や急流域に適応しているように思われる。
しかし、実際は、河川全域で普通に見られるだけでなく、用水路、潮だまりにも出現することがある(下写真)。
水深2~3cm程度の用水路内に出現した本種(沖縄島)
上記の説明だけ読むと、どこでも優占ように感じるが、経験上、関東での個体数は控えめで、限られた水域で優占していることが多い。
加えて、ヒメヌマエビのように12月あたりから急激に個体数が減少する。少なくとも、筆者は温排水の影響を受ける水域を除いて、1月以降に本種を見た記憶がない。
このことに関して、本種が冬の低水温に耐えられずに死滅しているという可能性が高いと感じる一方で、5月頃に体長20㎜超の個体が採集されることもあり、越冬しているようにも感じる。
余談だが、琉球列島ではおびただしい数が優占しており、形態的に類似している他の種との同定を難しくしている要因となっていると感じる。
色彩の特徴としては、正中線上の縦線に対して「^」模様が入ることが多い。
加えて、正中線上に点線が出る個体もしばしば見かける。
また、頭胸甲側面にはリュウグウヒメエビのような雲紋(~のような模様)が出ることがなく、小斑がランダムに出ていることが多いと感じる。
個人的な経験則だが、幼体ほど額角は短く、成体は割と長い傾向がある。
この点を用いて、幼体の額角が比較的長いヤマトヌマエビやリュウグウヒメエビとの区別ができることが多いと感じる。
ただし、南西諸島の一部の島の個体は、幼体であっても額角長が比較的長く、地域ごとに変異が見られると考えられる。
石垣島で採集された抱卵個体
正中線上の縦線に対して垂直な横帯が入る個体。
基本的に斜めの線が入ることが多いが、この個体のようにリュウグウヒメエビに酷似した色彩を持つ個体もいる。
沖縄島で採集された個体
腹節背面の断続的な模様がわかりやすい個体。
このような模様は、本種に類似した他種ではあまり見られないと感じる。
沖縄島で採集された個体
あまり見かけることがない青緑色を呈した個体。
上述したように、本種の色彩変異は非常に豊富であるため、一般的な本種の体色が何色なのか今一つわからない。
関東の用水路で採集された個体
この個体は上述した5月頃に採集された個体である。
数日後に訪れた際には抱卵個体も見られたことから、冬場でも死滅していないのかもしれない。
余談だが、筆者は本種の体色としてこのような褐色の個体がもっとも多いと感じる。
東海地方で採集された抱卵個体
この個体のような、このような青地にまだら状の個体は見たことがない。
なお、水槽に移したら背面の点列は残ったものの、青色はすっかり透明になってしまい、体色の維持は難しいようだ。
与那国島で採集された個体
体側に白色や濃い緑色の斑が並んでおり、ミナミオニヌマエビのような雰囲気である。
理由はわからないが、与那国島ではこのような体色の個体が少なくなかった。
石垣島で採集された抱卵個体
このような濃色は、大型雌で見られることが多い。
ミゾレヌマエビやリュウグウヒメエビ、オオバヌマエビなどでも同様な体色の変化傾向が見られるため、この変化はヌマエビ類にとって利点があるのかもしれない。
石垣島で採集された個体
沖縄県には、形態が似ているヌマエビ類が多く生息しているので同定には細心の注意が必要である。この個体のように正中線の模様で同定ができない場合は、額角上縁の鋸歯を確認する必要があるだろう。
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奄美群島で採集された雄の個体
写真ではわかりにくいが、やや白化が見られる個体であった。
この水域では、同様に白化(?)した個体が多く見られた。
白化のメカニズムは明らかになっていない(はず)であるが、同所的に多数みられる点から、遺伝的な影響、もしくは水質による影響があると推測される。
奄美群島で採集された雌の個体
河川上流域のダムよりも上流域で採集された個体。
南西諸島では個体数が多く、マングローブ林内から河川最上流域まで出現する普通種である。
宮古諸島で採集された雌の個体
河川全域や用水路にまで出現し得るため、地表河川に乏しい宮古諸島でも至る所で観察することができた。
この個体が採集された環境は、グッピーやティラピアが優占する水路であったが、本種も同様に優占しており、改めて本種の屈強さを痛感した。
東海地方で採集された幼体
写真だとわかりにくいが、額角がかなり短く、眼の中間くらいである。
体色は薄い緑色で、背側の雰囲気がミナミオニヌマエビに似ていると感じる。
与那国島で採集された幼体
体長は上の個体より一回り大きいが、幼体としてはかなり額角が長い個体。
このような個体は、形態的に類似しているリュウグウヒメエビ等と誤同定しないように注意したい。
参考文献
・豊田幸詞, 2019. 日本産 淡水性・汽水性 エビ・カニ図鑑, 緑書房, 東京.
・丸山智朗, 福家悠介, 2018. オオバヌマエビの沖縄島からの初記録. Fauna Ryukyuana, 43: 11-17.
・丸山智朗, 乾直人, 池澤広美, 2018. 温泉水の流入する釜戸川下流域(福島県いわき市)における十脚甲殻類の記録. 茨城県自然博物館研究報告(21): 135-142.
・丸山智朗, 2017. 越前・能登・佐渡の河川で採集されたコエビ類. Cancer 26. p35-42.