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エビ好き大学生による淡水エビ布教ブログ

スジエビ Palaemon paucidens

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スジエビ Palaemon paucidens  De Haan, 1844
十脚目>抱卵亜目>コエビ下目>テナガエビ科>スジエビ

沖縄島から北海道まで広く分布しているスジエビ属の1種。ただし、沖縄島の個体は養殖魚の移入に交じって琵琶湖などから持ち込まれたものとされている。
(日本国内の自然分布の南限は奄美大島である)
体長は最大で63㎜スジエビ属の中でも特に大型になり、中型のテナガエビに匹敵する大きさとなる。

近年、本種の研究が進んでおり、アロザイム遺伝子および18SrDNAによる分析と16SrDNAの分析によって、日本には遺伝的に異なるA~Cの3タイプが存在することが示唆されている。

 

以下、それぞれのタイプ別に簡易な紹介をする。張ら(2018a), 張ら(2018b)および張ら(2019)を参考にしている

Aタイプ = スジエビ P.paucidens
北海道から九州まで記録があり、河川から湖沼など様々な水域に生息している。卵の大きさは小卵~大卵と地域ごとに変異が見られる。100%純淡水性とは言い切れないが、成体の海水に対する耐性がBタイプよりも弱いことや浮遊幼生期間が約2週間程度と短いことから、海洋を介した分散力はほとんどないと考えられる。

Bタイプ
スジエビP.paucidensの隠蔽種である。北海道から屋久まで記録があり、河川の下流域でのみ生息が確認されており、湖沼および湖沼に流入する河川には生息していない。両側回遊性の生活史を持ち、卵はすべて中卵型で、浮遊幼生期間は約1か月である。ただし、海洋を介した分散力はあまり高くないと考えられる。本タイプは以下の2つのクレードを含む。

クレードB-1;兵庫県から北海道日本海側に加えて、宮城県牡鹿半島以北の太平洋側にも生息している。キタノスジエビはこのクレードに含まれる。

クレードB-2;宮城県牡鹿半島以南から屋久と、太平洋側に広く生息している。このクレード内には2つのサブクレード; B-2a, B-2bが含まれている。前者は神奈川県三浦半島以北(以東)に、後者は静岡県伊豆半島以南(以西)に生息している。

Cタイプ
スジエビP.paucidesの隠蔽種と考えられる。奄美大島の一部の河川にのみ少数生息している。

 


また、少なくともAとBタイプの間には強い生殖隔離が働いているとされ、交尾が行われても胚発生が初期で停止することがわかっている。
このように、スジエビのそれぞれのタイプは遺伝的に分化しており、明らかに別種であるとされているため、今回はスジエビP.paucidensにあたるAタイプのみを扱う
他2タイプは、サンプリングが完了し次第、記事を作成する予定だ。

 

上述した通り、本種は河川や湖沼、湖沼に流入する河川など様々な水域に生息している。また、流れの速い場所は好まず、沈水植物が多く流れが淀んでいる湾のような環境に群れて生息していることが多い。

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額角歯式は 1+4-7/1-3 で、多くの場合先端部に鋸歯を持つ

体色は最初の写真のように、透明な体色腹節や頭胸甲側面に黒または褐色の横縞が入り、スジエビという和名の由来になっていると考えられる。
本種の横縞模様はBタイプに比べて細く、不明瞭であることが多い。

本種は、形態的にチュウゴクスジエビと酷似しているが、頭胸甲側面の色彩で比較的容易に区別することができるほか、眼柄と眼の比率や大顎の触髭の有無、額角上縁の鋸歯の位置で判別できるとされるが、それぞれの形態的特徴を総合的に判断する必要がある。

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チュウゴクスジエビに比べて眼が大きい傾向にある
また、文献によると尾節先端は丸くなるというが、微妙である。
デジタルカメラでの撮影ではチュウゴクスジエビとの明瞭な差異は確認できなかった。

 

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関東の湿地で採集された雌の個体

わかりづらいかもしれないが、頭胸甲側面の「\ /」のような模様が本種の特徴である。
この地域の卵は比較的大きく、おそらく純淡水性であると考えらる。

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関東の河川で採集された雌の個体

体長50㎜程度の大型の雌。いかにも攻撃的に見えるが、本種は1か所に複数匹でまとまっていることが多い。
Aタイプの個体は、第2胸脚の腕節がはさみ(前節)よりも大きいという特徴がある。実際、この固体は腕節のほうが大きいが、大型個体の場合、はさみのほうが大きくなることがあるという。

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関東の河川で採集された雌の個体

Aタイプには多いことだが横縞模様が薄く、頭胸甲側面の模様も掠れている
その代わりか、全体に金色の丸い斑があり美しい。
このような斑はチュウゴクスジエビでも確認することができた。

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関東の河川で採集された個体

小型個体だと腕節 >はさみが明瞭である。
しかし、Bタイプにおいても小型個体は、腕節よりもはさみが小さい場合があるので、この点で区別するのは難しいだろう。

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上の個体の額角

額角先端に明瞭な鋸歯は見られないこともある
ただしこの個体に関してはチュウゴクスジエビとは異なり、額角先端に痕跡的な膨らみが見られることから、ある程度の識別は可能であると考えられる。

 

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参考文献一覧

・豊田幸詞, 2019. 日本産 淡水性・汽水性 エビ・カニ図鑑, 緑書房, 東京.
・豊田幸詞, 関慎太郎, 2014. ネイチャーウォッチングガイドブック 日本の淡水性エビ・カニ 日本淡水性・汽水性甲殻類102種. 誠文堂新光社, 東京. 

・長谷川政智, 森晃, 藤本泰文, 2016. 淡水エビのスジエビ Palaemon paucidens に酷似した外来淡水エビ Palaemon sinensis宮城県における初確認. 伊豆沼・内沼研究報告 10巻, pp. 59-66.
・張成年, 藤尾芳久, 1986. スジエビ(Palaemon paucidens)地域集団間における幼期発生と成長の差異. 水産育種 11. 29-33.
・張成年, 今井正, 池田実, 槇宗市郎, 大貫貴清, 武藤文人, 野原健司, 古澤千春, 七里浩志, 渾川直子, 浦垣直子, 川村顕子, 市川竜也, 潮田健太郎, 樋口正仁, 手賀太郎, 児玉晃治, 伊藤雅浩, 市村政樹, 松崎浩二, 平澤桂, 戸倉渓太, 中畑勝見, 児玉紗希江, 箱山洋, 矢田崇, 丹羽健太郎, 長井敏, 柳本卓, 斉藤和敬, 中屋光裕, 丸山智朗, 2018a. スジエビPalaemon paucidensの2タイプを判別するためのDNAマーカーおよび日本における2タイプの分布. Nippon Suisan Gakkai 84(4), 674-681.
・張成年, 柳本卓, 丸山智朗, 池田実, 松谷紀明, 大貫貴清, 今井正, 2018b. スジエビPalaemon paucidensの遺伝的分化. Bull. biogeor. Coc. Japan 73. 1-16.
・張成年, 柳本卓, 小西光一, 市川卓, 小松典彦, 丸山智朗, 池田実, 野原健司, 大貫貴清, 今井正, 2019. スジエビPalaemon paucidensのBタイプにおける遺伝的分化. 水生生物 第2019巻.
・Chow, S., Yanagimoto, T., Konishi, K., Fransen, C. H. J. 2019. On the type specimen of the common freshwater shrimp Palaemon paucidens De haan, 1844 collected by Von Siebold and deposited in Naturalis Biodiversity Center. Aquat. Anim. 2019: AA2019-7.
・Chow S, Nomura T, Fujio Y. 1988. Reproductive isolation and distinct population structures in the freshwater shirimp Palaemon paucidens. Evolution; 42: 804-813.