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エビ好き大学生による淡水エビ布教ブログ

ヒラアシテナガエビ Macrobrachium latidactylus


ヒラアシテナガエビ Macrobrachium latidactylus (Thallwitz, 1891)
十脚目>抱卵亜目>コエビ下目>テナガエビ科>テナガエビ

分布状況・生息環境

石垣島西表島および沖縄島から記録されている。
かつては、特別珍しい種ではなかったとされるが、
現在では、沖縄県レッドリストにおいて、絶滅危惧Ⅱ類に分類されている稀種である。
加えて、「採集事例のある河川においても確認は難しい」と言及されていることからも、本種の希少性が伺えるだろう。

生息環境は、河川河口域~下流域の流れの緩い場所とされる。
しかし、あまりにも個体数が少ないため、詳細な生息環境はわからないが、
環境をかなり選り好みするようで、限られた区域に個体が集中する印象である。

外観・色彩

体長は70mm程度とされ、南方種としては一般的な対サイズである。

体色は全体的に茶褐色であることが多いが、濃淡にはやや個体差が見られる。
また、第3腹節背面には白帯が見られることが多く、色彩的に(および形態的に)オオテナガエビと酷似する印象である。
加えて、頭胸甲側面は濃褐色の斑点が散在しているほか、
オオテナガエビのような独特な模様が見られる(下写真)。


しかし写真のように、本種の頭胸甲側面の模様は、より曲線的で不明瞭なことが多く、個体によっては「」や「」のような模様に見えることもある。

また、実測したことはないが、腹節に対して頭胸甲が大きく、ザリガニ類のように頭でっかちな印象である。

はさみ脚


左:大鉗脚の上側 右:大鉗脚の下側

上の左写真のように、雄の大鉗脚掌部は、和名の通り非常に平たい。
また、複数の黒色の縦縞が入るのも特徴である。
不動指は、可動指と比べて著しく幅広く、可動指は内側に向かって大きく湾曲しており、他のテナガエビとは一切類似しない格好良さがある。
種小名は lati=大きい dactylus=指節(可動指) という意味で、本種の大鉗脚にちなんで記載されたと考えられる。

余談だが、本種に挟まれると鋭い爪先が刺さり、非常に痛いので注意が必要である(出血した経験あり)。

雄の大鉗脚咬合縁に複数の小棘があるのに対し、小鉗脚咬合縁には剛毛が密生する
このような咬合縁の剛毛は、ネッタイテナガエビ種群などの左右の鉗脚の大きさと形状が明瞭に異なる種にも共通するが、摂餌に関して利点があると考えている。
(大鉗脚は、雄間競争に適したもので、摂餌に向いていないように感じる)

額角

額角歯式は、上縁に12~17歯(うち2~5歯は頭胸甲上)、下縁に2~5歯と、上縁歯数は日本産テナガエビの中で最多である。
オオテナガエビも上縁に17歯有するという文献もあるが、日本国内で見られる個体はせいぜい14程度であることが多い)

生息域や形態がやや似ているオオテナガエビの未成体とは、慣れないうちは、額角の形状を見ると識別しやすいと感じる。
本種は、比較的幅の広い"木の葉型の額角"であるが、オオテナガエビ細い"ヤリ状額角"で、未成体は特に顕著でわかりやすい。


石垣島で採集された雄の個体

いかにも本種らしい立派な鉗脚を有する個体。
体長25mm程度の若い個体でも鉗脚は発達するようだ。
余談だが、大鉗脚が肥大化するマガタマテナガエビは、本種と体長が類似する。しかし筆者は、体長30mm以上の個体であっても、大鉗脚が発達した個体を見たことがない。
そのため、種によって大鉗脚の発達の速度は異なると考えられる。


石垣島で採集された雄の個体

大鉗脚が欠落している個体。
本種の成体の体色は、茶褐色で安定しており、第3腹節背面に白色帯が見られる。
この個体は、体長25mm以下の小型個体でありながら、既に小鉗脚はさみ咬合縁には剛毛が密生している。
石垣島でよく見かけるネッタイテナガエビも、雄成体の小鉗脚咬合縁には剛毛が見られるが、かなりの大型個体に限られる。


石垣島で採集された抱卵個体

頭胸甲側面には、オオテナガエビと類似した斜横線が見られるが、本種のものはより曲線的で、前方の2つが下部で孤を描くようにつながることが多いと感じる。
また、個体によっては「」のような模様に見えることもある。
なお、頭胸甲での識別に自信がない場合、腹節側面の明瞭な1本線の有無を見るとわかりやすい(本種は明瞭な1本線を有さない)。


石垣島で採集された雌の個体

際立った鉗脚を有する雄に対して、雌の個体は地味な印象である。
この個体の上縁歯数は、19歯と非常に多い。
南西諸島では珍しくテナガエビのような木の葉型の額角を持つため、頭部だけ見るとどことなく親近感を感じる。


石垣島で採集された抱卵個体

上の個体と同様に、幅広い木の葉型の額角が特徴的である。
このような幅広な額角を有する南方種は、おそらくコツノテナガエビくらいなので、ここまで明瞭な個体は容易に識別可能であると考えられる。
ところで、本個体は初夏に採集されたが、同時見られたメス個体の多くが抱卵していた。


石垣島で採集された幼体

この大きさの個体は、成体よりも色彩が薄いようだ。
また、成体よりも額角が細くオオテナガエビとの識別がより困難であるように感じる。
上述した頭胸甲側面の斜横線は、この個体でも見られるため、幼体の同定にはこの特徴が有効かもしれない。

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文献一覧
  • 源五郎, online. 2015. 水辺の生き物彩々 八重山へ②. http://gengoroh.seesaa.net/article/411715907.html [accessed on 2021-December-04]
  • 佐伯智史, 2017. ヒラアシテナガエビ. 沖縄県環境部自然保護課(編), 改訂・沖縄県の絶滅のおそれのある野生生物 第3版(動物編) —レッドデータおきなわ—. Pp. 312-313, 沖縄県環 境部自然保護課, 那覇市.
  • 佐伯智史・前田健・成瀬貫, 2018. 琉球列島産ネッタイテナガエビ種群3種 (甲殻亜門: 十脚目: コエビ下目: テナガエビ科)の分類と形態. Fauna Ryukyuana 44: 33–53.
  • 諸喜田茂充, 2019. 淡水産エビ類の生活史-エビの川のぼり- Life History of Freshwater Shrimps. 諸喜田茂充出版記念会, 東京.
  • 豊田幸詞, 2019. 日本産 淡水性・汽水性 エビ・カニ図鑑, 緑書房, 東京.
  • 吉郷英範, 2002. 日本のテナガエビ属(甲殻類:十脚類:テナガエビ科). 比婆科学 206: 1-17.