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エビ好き大学生による淡水エビ布教ブログ

ヌマエビ Paratya compressa

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ヌマエビ Paratya compressa  (De Haan, 1849)
十脚目>抱卵亜目>コエビ下目>ヌマエビ科>ヌマエビ属

南西諸島から北海道まで広く分布しているヌマエビ類。
しかし、北海道の記録は人為移入の可能性もある。
そのため、自然分布は宮城県および新潟県以南である。

体長は、最大で40㎜程度と比較的大型のヌマエビである。

生息環境は河川全域とされており、筆者の経験上、河川最上流域でヤマトヌマエビと同所的に見られることが多いと感じる。

体色は、近縁種のヌカエビとは異なり、透明感のある地色であることが多い。
色彩は豊富で、透明、赤、黒、青など様々である。
また、地域によって体色や模様が異なる傾向があるように感じる。

また、頭胸甲側面に短い縦縞もしくは斑が見られるのが特徴で、形態が類似しているミゾレヌマエビや同属のヌカエビとの識別に有効である。

 

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額角歯式は 2-4+14-27/1-5 で、額角は細長い。
下縁歯数が少ない点や上縁先端部に他と離れた鋸歯を持たない点は、ミゾレヌマエビと識別する際に非常に有効である。

ちなみに、近縁種のヌカエビとは頭胸甲上に鋸歯を持つか否かで判別することが多い(少なくとも筆者はこの点を用いている)。
しかし、ヌカエビ(ヌマエビ北部-中部グループ)の9集団のうち6集団が頭胸甲上に鋸歯を持つことが確認されており、厳密には同定形質になり得ない。
そのため、形態に基づく同定は第3胸脚指節後縁の小棘の数や額角上縁歯数・大きさで行われている。また、ヌマエビは小卵多産型で両側回遊性であるのに対し、ヌカエビは大卵少産型(もしくは中卵中産型)で純淡水性である。

 

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本種が属するヌマエビ属は、日本のヌマエビ科の多くの属とは異なり、ヌマエビ亜科に属する。(他の多くはヒメヌマエビ亜科に属する)
ヌマエビ亜科(ヌマエビ属)の最大の特徴は、眼窩上棘と全胸脚に外肢を持つ点である。

ヌマエビ属は16種しかおらず、ヒメヌマエビ属(毎年のように新種が発見され、少なくとも450種以上)と比べると、世界的に珍しい。

特に、本属は日本やオーストラリアなどの西太平洋の温帯・暖温帯に分布しており、熱帯域にはほとんど生息していない点は非常に興味深い。

 

 

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関東(中流域)で採集された抱卵個体

赤みを帯びた色彩が非常に美しい個体。
雌の腹節下部には斑点が見られることが多く、他のコエビ類同様、何らかのメリットがあると考えられる。

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関東(中流域)で採集された雄の個体

雄の個体は透明であることが多い。
このような傾向は、他のヌマエビ類でも見られる。
頭胸甲側面には、特徴的な斑模様が見られる。

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関東で採集された抱卵個体

ミゾレヌマエビのように、第3腹節が隆起しており、緩流部に適応したような形態となっている。
しかし、本種はすべて小卵多産型でありながら、河川最上流域にも生息していることから、遡上力は高いと考えられる。

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北陸地方で採集された雄の個体

頭胸甲側面の模様は、関東で見られるものとほぼ同じである。
余談だが、透明感の強いコエビ類は少しの刺激(水温差や物理的ダメージ)で写真のように、体色が白く濁ってしまう。

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八重山諸島で採集された個体

頭胸甲側面の模様の雰囲気は少し違った印象である。
八重山諸島では、生息域がかなり限定的で最上流域でしか見られない。

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沖縄島で採集された抱卵個体

内地の個体とは異なり、黄色斑が印象的である。
この個体は河川上流域で採集された。

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沖縄島で採集された雄の個体

上の個体と同所的に採集された個体であるが、透明感の強い体色で、内地のものとそこまで変わらない印象である。

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沖縄島で採集された抱卵個体

全体的に暗色で非常にかっこいい個体。
腹節下部には縞模様のような斑が見られる。

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沖縄島で採集された雄の個体

この個体は、河川最上流域の滝の上で採集された。
ミゾレヌマエビのような体形でありながら、凄まじい遡上力である。

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沖縄島で採集された抱卵個体

この個体は河川中流域で採集された。
青緑がかったの体色で美しい。
今更だが、腹節背面の横帯は本種の特徴かもしれない。

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沖縄島で採集された抱卵個体

この個体は、河川下流域で採集された。
このように本種は河川最上流域~下流域まで生息していると言えるが、沖縄島に関しては、どの地点においても個体数は多くない

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徳之島で採集された雄の個体

雄の個体は透明感の強い体色であることが多いが、この個体のように青みがかった個体を見ることは少ないように感じる。

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徳之島で採集された抱卵個体

採集時のストレスで白く濁っている個体。
この個体は2月下旬に採集された個体であるが、他の水域で採集されたものも含め、ほとんどが抱卵個体であった。
一方で、ヒメヌマエビ属エビ類には抱卵個体が見られなかったため、本種の抱卵時期は早いと思われる。

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奄美大島で採集された抱卵個体

沖縄島で見られる個体と同様な体色である印象を受けた。
この個体は河川中・下流域で採集されたが、本種の個体数は非常に多く、沖縄島と比べ全体的に個体数が多い印象であった。

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奄美大島で採集された抱卵個体

南西諸島としては水温が低い(15℃程度)で採集された個体。
このような水域でも採集されることから、南西諸島においても低水温には比較的強いと感じた。
個人的な意見であるが、ヒメヌマエビ類が少ない水域の方が競争相手が少ないからか、本種の個体数が多いように思われる。

 

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参考文献

・朝倉彰, 2011. エビ・カニ・ザリガニ 淡水甲殻類保全と生物学 1.4 淡水産コエビ下目の生物地理. Pp74-102. 生物研究社. 東京. 
・池田実, 1999. 遺伝学的にみたヌマエビの「種」. 海洋と生物 21 (4). 299-307.
今井正, 木村正吾, 大貫貴清, 2015. 額角歯数を用いた本州中部域2河川におけるヌマエビとヌカエビの判別. 日本生物地理学会会報 70. 99-111.
・川村拓生, 秋山信彦, 2010. 静岡県に生息するヌマエビParatya compressaとヌカエビP.improvisaの幼生発達と塩分応答. 水産増殖58巻1号. p. 127-133.
・豊田幸詞, 関慎太郎, 2014. ネイチャーウォッチングガイドブック 日本の淡水性エビ・カニ 日本淡水性・汽水性甲殻類102種.  誠文堂新光社. 東京. 
・豊田幸詞, 関慎太郎, 2019. 日本産 淡水性・汽水性エビ・カニ図鑑. 緑書房. 東京.
・丸山智朗, 乾直人, 池澤広美, 2018. 温泉水の流入する釜戸下流域(福島県いわき市)における十脚甲殻類の記録. 茨城県自然博物館研究報告(21): 135-142.
・丸山智朗, 2017. 越前・能登佐渡の河川で採集されたコエビ類. Cancer 26: 35-42.