スジエビ Bタイプ Palaemon sp.
十脚目>抱卵亜目>コエビ下目>テナガエビ科>スジエビ属
北海道から屋久島まで広く分布している。
生息河川での個体数は多く、優占していることも多いが、河川によっては全く見ることができない。
生息環境は河川の流れの緩い場所で、水に浸った植物周りだけでなく、川床や岸壁に群れていることも多い。
スジエビAタイプとは異なり河川のみで出現するほか、標高50m以上および河口から20km以上離れた水域では出現しないとされる。
ただし、小河川であれば比較的上流域にも出現するため、下流域にのみ出現するわけではない。
体長は63mmに達するとされるが、これはスジエビAタイプを含めているものとされるため、詳細は不明である。
ただし、両タイプともに50mm程度の個体を採集したことがあるため、スジエビ類としては大型種であることは間違いない。
本種は、形態および色彩的にスジエビAタイプと酷似する。
しかし、模様や鉗脚に若干の差異が見られるほか、成体および浮遊幼生期の塩分耐性に明瞭な差があることが知られている(後述)。
スジエビ特有の \ / 模様は、Aタイプと全く同じ位置に見られるが、本種のものは濃色で直線的であることが多く、また、横縞が全体的に明瞭な印象である。
しかし、色彩や模様は個体差があるため、区別が難しい場合もある。
鉗脚(第2胸脚)のはさみは、腕節よりも長い点でAタイプと異なっている。
しかし、この腕節とはさみの比率は体サイズによって変化することが知られており、厳密にはこの点は識別点となり得ない。
ただし、本種のほうが体サイズが小さい段階で(雄9.5~11mm, 雌13mm程度)はさみ(前節)が大きい個体が多くなることが示されている(Aタイプでは頭胸甲長15.5mm程度)。
さらに、本種のはさみは、より大きくなる(腕節の1.2倍程度)ことが多いとされる。
写真(上):成体 (下):未成体
額角長は第1触角柄部第3節に達する、もしくは超える程度。
筆者の浅い経験上、写真のように未成体ほど細長い印象である。
額角歯式は1 + 4-7 / 1-3 とされるが、これはAタイプも含んでいるとされる。
ちなみにキタノスジエビ(後述)の歯式は、1 + 5-7 / 2-3とされる。
また、Aタイプと同様に先端部に1~2個の鋸歯を有する。
しかし、写真(上)の個体のように痕跡的になる場合もあるようだ。
本種はスジエビAタイプと酷似しており、外観での区別は難しい(先述)。
しかし、Aタイプはほぼ純淡水性であるのに対し、本種は両側回遊性であるため、浮遊幼生期における塩分耐性が圧倒的に高く、成体においても高い点で異なる。
とはいえ、地理的分布に従ってクレードがわかれるため、海洋を介した分散能力は極めて低いと考えられる。
また、本種はスジエビ類の中でも大型種であるため、初見ではテナガエビ類と見誤るかもしれない。
特に、本種の胃袋には金色の斑が見られることが多く、同じく胃袋がキラキラしているザラテテナガエビとの区別が難しいという意見を聞く。
しかし本種は、多くのテナガエビ類よりも額角上縁歯数が少ないため、悩んだら上縁歯数を数えてみることをお勧めする。
近年の研究によって、和名”スジエビ”には、本タイプを含む3つのタイプ(A〜C)が含まれていることが判明した。
また、それぞれのタイプ(クレード)は独立した種と見なせるほどに遺伝的に分化しており、少なくともA-Bタイプ間では生殖隔離があるという。
そのため、スジエビA〜Cタイプはそれぞれ独立した種として扱うのが妥当である。
そして、オランダのライデン博物館に所蔵されているスジエビ P.paucidensのタイプ標本のミトコンドリアDNAを解析した結果、Aタイプであることが判明した。
つまり、スジエビ P.paucidensがスジエビAタイプで、B,Cタイプは未記載(隠蔽種)であるとされた。
また、本種(スジエビBタイプ)内には、比較的大きな遺伝的分化を示す2つのクレード(B-1, B-2)が存在することが示された(文献ではB-Ⅱのようにギリシャ数字で表記されている)。
これらのクレードの分化は、地理的分布に従っており、
クレードB-1:兵庫県〜北海道の日本海側および宮城県牡鹿半島以北の太平洋側
クレードB-2:宮城県牡鹿半島以南の太平洋側〜屋久島および対馬
に分布するとされる。
加えて、クレードB-2内には2つのサブクレード(B-2a, B-2b)が含まれており、
B-2aは三浦半島以東、B-2bは伊豆半島以西に分布する。
ちなみに、対馬の個体群もB-2に含まれるが、他の地域とは特異的な位置にあるとされる。
少し話が複雑になるが、クレードB-1はスジエビAタイプとの比較検討に基づき、2019年に「キタノスジエビ P.septemtorionalis」として記載されている。
しかし、キタノスジエビはBタイプ全体でなく、クレードB-1のみを検討しているため、今のところ本種(スジエビBタイプ)は未記載種として扱うのが妥当であると考えている(あくまでも個人の意見である)。
このように、本種の分類は非常に込み入っているが、地図を見ると理解しやすいため、下図を参考にしていただきたい。
張ほか (2019) Fig. 2 をもとに作成(対馬の個体群等は省略)
囲んだ範囲は大まかな分布の目安であり、範囲内のすべての河川で生息するわけではない。
関東で採集された雌(B-2a)
比較的大型な雌の個体。
このくらいの個体は、総じて透明感がなくなることが多いように感じる。
また、胸脚の節々が橙, 黄色に染まる点は、スジエビAタイプと共通している特徴である。
関東で採集された雌(B-2a)
上の個体よりも縞模様が細い個体。
Aタイプとは、横縞模様が比較的明瞭な点からある程度識別できる(と思う)が、本種を含め、淡水エビの体色や模様は不安定であるため、わかりづらいことも多い。
外部形態での両タイプの識別について言及された論文は、2010年の東海大のD論で出版されているので、いつか確認してみたい。
関東で採集された雌(B-2a)
先の個体と比べ体色が赤茶っぽく、頭胸甲側面の模様が不明瞭である。
余談だが、スジエビ属の多くは雄よりも雌のほうが体サイズが大きい。
一方で、テナガエビ属の多くは雄のほうが大きくなる。
関東で採集された個体(B-2a)
上の個体と同所的に採集されたもので、体色の雰囲気が類似する。
多くの淡水エビと同様に、体色は環境によって左右されると思われる。
関東で採集された個体(B-2a)
比較的小型の個体でも縞模様は明瞭で、同定には困らない。
写真を撮り損ねたが、体長10mm以下の幼体を採集したことがあるが、模様は明瞭で同定およびAタイプとの識別は容易だった。
東海地方で採集された雌(B-2b)
頭胸甲側面の模様や腹節の横縞が不明瞭な個体。
このような個体は、Aタイプとの区別が非常に難しいが、基本的に両タイプが同所的に採集されることは少ないため、Bタイプと判断した。
ただし、両タイプが記録されている河川も存在するため、誤同定には注意したい。
東海地方で採集された個体(B-2b)
この個体は採集後、時間が経過してから撮影を行ったが、頭胸甲側面の模様などは明瞭でAタイプとは容易に区別できる。
Aタイプとは、第2胸脚ハサミが腕節よりも大きい点で識別できると記述したが、この個体のように、幼体では有効でない。