Crazy Shrimp

エビ好き大学生による淡水エビ布教ブログ

リュウグウヒメエビ Caridina tupaia


リュウグウヒメエビ Caridina tupaia Mazancourt, Marquet & Keith, 2019
十脚目>抱卵亜目>コエビ下目>ヌマエビ科>ヒメヌマエビ属

分布・生息環境

2024年現在のところ、正式な記録は喜界島を北限とし、中琉球久米島、南琉球宮古島石垣島西表島および与那国島のみである。
しかし、後述する分類学的に混同されていた過去から、実際にはもっと多くの地点で記録されている可能性もある。

生息環境は河川上流域の緩流部で、淀みや急流部ではあまり見られない。これに対し、長らく混同されていたウンモンヒメエビは河川中・下流域の早瀬環境で多く見られることから、この2種の生息環境は大きく異なる
ただし、多産地においてウンモンヒメエビは河川上流域の緩流部に出現することもあり、稀にこの2種が同所的に出現することを確認している。

基本的に同所的にはトゲナシヌマエビミゾレヌマエビ(琉球個体群)の他、サキシマヌマエビヤマトヌマエビが観察されることが多い。
また、イシガキヌマエビと言った純淡水性種も近辺で確認されることから、本種の生息環境がかなりの上流部であることが伺える(もっとも、タイプ産地周辺では海抜の低いエリアでも出現するという)。

主観となるが、生息地における個体数は比較的多く、南琉球で同じような環境に出現するサキシマヌマエビヤマトヌマエビよりも目にする機会が多い(この2種の分布が極端である点は否めないが)。
また温暖化の影響か、近年増加傾向にあるように感じる。

外観・色彩パタン

体長37mmに達するとされるが、この値はウンモンヒメエビを含んでいる可能性がある。
筆者の浅い経験上、大型個体ではウンモンヒメエビよりも大きくなる印象だが、そのような個体の出現は限られており、普段見かける個体は30mmに達しないことが多い。

体色は、乳白色や薄い黄色、大型個体では暗色を呈することもある。
稀に青色となる個体も過去に観察している。
また、しばしば頭胸甲および腹節の背面側が青緑を帯びる。

本種の色彩的特徴として、頭胸甲および腹節側面下部に見られる7個程度の黒斑があげられる。
実際、琉球の個体群において、この特徴は複数の島の個体が共有していることを確認しているが、
原記載の写真では明瞭な黒斑は欠いており、記載文中にもこの色彩パタンに関する言及はない。
さらに、国内においても稀に黒斑を持たない個体が観察される(もっとも、形態、遺伝的に本種であることを確認したわけではないが)。

このような背景を考慮すると、本種には黒斑を有さない個体(群)が存在する可能性が高く、体側の黒斑が本種の特徴であるとは言い切れないと感じている。

正中線上にはしばしば黄、橙色の縦線が見られ、この場合第3腹節後端で垂直に交わる横帯が見られることが多い。
このような横帯は類似するウンモンヒメエビでも見られるが、本種の場合横帯の前方が暗色で縁取られることが多いように感じる(上写真)。

額角


額角上縁歯数は8-14 (13-22) 歯で、そのうち0-3 (0-2) 歯が頭胸甲上に位置する。
下縁歯数は1-3 (3-7) である(括弧内は琉球の個体群における値)。

上縁・下縁歯数ともに、琉球の個体群では原記載に使用されたポリネシアの個体群よりも多い傾向が見える。
本種は産地によって遺伝的に少なからずの差異が認められるため、上述の体色パタンと同様に、額角歯式にも個体群によって傾向が異なると考えられる。

額角長は、第1触角柄部第1節の先端から第2節の先端をわずかに超える程度とされる。

和名"リュウグウヒメエビ"の紆余曲折

先述したが、本種は長らくCaridina laoagensisと混同されており、
和名「リュウグウヒメエビ」には複数種が含まれている状態が続いていた

しかし、福家, 丸山 (2024) によって和名および分類の問題が整理され、晴れてこの和名が本種に対するものであることが確認された。

本項では、上述の文献および先行研究をもとに作成した「たぶんこうだったんじゃないか劇場」形式で、混同されていた歴史を紹介したい。
ややこしくなるため、今回はC.tupaiaの種内変異における黒斑を持たない個体の存在は考慮していない。


まず、諸喜田 (1979) によってC. weberiに対し、初めて「リュウグウヒメエビ」という和名が提唱される。
*このとき、この論文の写真における個体は黒斑を有しているため、和名「リュウグウヒメエビ」は後のC.tupaiaに充てられていたと考えられる。



次に、Cai & Shokita (2006) によって、リュウグウヒメエビがC. weberiではなく、C. laoagensisであることが示される。
*しかし論文のFig. を見る限り、検討には現ウンモンヒメエビ(=黒斑なし個体)が使用されたことは明らかであるため、この頃までにウンモンヒメエビが本種と混同され始めたと考えられる。



2019年にポリネシアからC. tupaiaが記載され、その遺伝子データが公開される。
それに伴い、Nagai et al. (2022) によって、本種が石垣島から記録される。
ただし論文には標本のみの掲載で、C.tupaiaの生時の姿や黒斑あり個体との関係性は不明であった。



福家&丸山 (2024) によって、長らく混同されてきたリュウグウヒメエビの黒斑あり個体と黒斑なし個体が別種であることが示された。
黒斑なし個体はCai & Shokita (2006) の通り、C.laoagensisであったが、
黒斑あり個体は先のC.tupaiaであることが初めて確認された。

そして、「リュウグウヒメエビ」という和名が初めに黒斑ありの個体に充てられた点や、黒斑を有する点が和名「リュウグウヒメエビ」の特徴として広く周知されている点から、C. tupaiaに対してリュウグウヒメエビを採用し、C. laoagensisに対して新和名「ウンモンヒメエビ」が提唱された。

このようにリュウグウヒメエビは複数回にわたって他種との混同されてきた過去があるが、
先述した通り、本種群の構成種は互いの識別が極めて難しいため、当時の誤同定や混同は必然であったことは強調しておきたい。

なお、2024年以前の文献の多くがC.tupaiaおよびC.laoagensisを区別せずにリュウグウヒメエビを取り扱っていると考えられるため、
そのような文献をあたる際には注意が必要だ。

類似種

上述の通り、長らく混同されていたウンモンヒメエビとは形態的に類似する。
しかし、生息環境の違いや額角の形状(頭胸甲上に鋸歯を持ち、短いことが多い)の傾向から現地での判別は比較的容易である。
また、微視的だが尾節末端の剛毛(棘)の形状で判別が可能である(下写真)。

また、黒斑が見られない個体については、オオバヌマエビとの区別が著しく難しく感じる。
一応オオバヌマエビとは第5胸脚の指節が双爪であることから区別ができるものの、
鋸歯サイズにはばらつきがあるため、額角周辺のみでの判別には常に不安が伴う(下写真)。


沖縄島で得られた標本;当時はオオバヌマエビと思って撮影したが、改めてみると本種にも見えるような・・・

なお、ここに記したヌマエビ類はすべてリュウグウヒメエビ種群(=C.weberi種群)というグループに属する。
本種群はインド-西・中央太平洋地域で見られ、種の多様度が高い。
さらに、構成種は互いに酷似しており、かつ分布域が重なることが多く、加えて種内変異が大きい(本種群に限らないが)という分類学者泣かせの種群である(多分)。
このような背景より個人的に「両側回遊性ヒメヌマエビ属の闇」のひとつであると感じている。


ギャラリー


宮古島で採集されたオス個体

「THEリュウグウヒメエビ」っていう感じの色彩パタン。
腹節側面腹部側に5つの黒斑、そして頭胸甲側面に2つの黒斑が出る典型的な個体だ。


石垣島で採集されたメス個体

頭胸甲側面の黒斑は不明瞭である。
正中線上に縦線が見られ、第3腹節後端に前側が暗色で縁取られた黄色の横帯が見られる。


石垣島で採集されたオス個体

体長17mm程度の個体だが、立派な成体であると考えらえる。
この個体は黒斑の数が多い。


石垣島で採集された抱卵個体

別の日に上の個体と同じ河川で採集された青色の個体。
かなりの個体数を観察してきたが、このような色彩を呈する個体は一度しか出会ったことがない。
なお、体長は15mmと小型であったが、抱卵はできるようだ。


石垣島で採集された個体

正中線上に縦縞が出ない個体。この個体のように頭胸甲(や腹節)の背面側が青緑色を呈することが多い。
また、第6腹節あたりで腸管が濃青色になる点は、同所的に見られるヤマトヌマエビサキシマヌマエビなどと共通しているが、その生態的意義は不明である。


石垣島で得られたメスの個体

体長25mm弱の個体。額角上縁の鋸歯が比較的大きく、黒斑がなかったらオオバヌマエビと誤同定しそうだ。


石垣島で採集されたメス個体

背面の暗青色が際立つ個体。これに対し、腹板のあたりはピンク色を呈する個体が多い。この点も同所的に見られるサキシマヌマエビと似ていると感じる。


石垣島で得られたオス個体

この河川は全体的に体色が薄い個体が多かった。
体側の斑に注目すると、完全な黒というより濃い藍色という感じである。


石垣島で得られたオス個体

別の日に上の個体と同一河川で得られた個体。
類似した色彩であることから、体色は環境の影響を強く受けることがうかがえる。
なお、ここの個体群は全体的に体サイズが大きく、このオス個体は20mmを超える。


石垣島で採集された抱卵個体

正中線上に縦線ではなく、断続的な点列が出る個体もいるようだ。
第3腹節後端に見られる横帯の色彩は、他の個体と同様である。


宮古島で採集された抱卵個体

多くのヌマエビ類と同じく、大型メス(抱卵個体)では暗色(濃色)の個体が出やすい印象である。


宮古島で採集されたオス個体

体長17mm程度のオス個体。
小さいながらも体側の7つ星が魅力的な川エビである。


宮古島で採集されたメス個体

かろうじて小さな黒斑が2つ残っているものの、明瞭な黒斑はほぼ消失している個体。
このような個体を見るに、特徴的な黒斑は個体差によって消失し得ると考えられる。


宮古島で採集されたメス個体

腹部に見えるのは卵ではなく、寄生性のヒルミミズ類である。


与那国島で採集されたメス個体

25mmほどの個体。体側の黒斑がかなり明瞭。


西表島で採集された未成体(?)

体長11mm程度の個体。不明瞭ではあるが腹節側面に5つの黒斑が見られるため、本種だろうと考えられる。


西表島で採集された本種と思われる個体(?)

上の個体と同時に採集された個体。
黒斑は一切見られず、色彩パタンはオオバヌマエビに類似するが、額角上縁の鋸歯サイズから本種に類似すると感じた。
ただし、頭胸甲上の歯数が多いなど相違点があるため、別種である可能性も高い。

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文献一覧

  • Y. Cai and S. Shokita, 2006. Atyid shrimps (Crustacea: Decapoda: Caridea) of the Ryukyu Islands, southern Japan, with descriptions of two new species. Journal of Natural History, 40: 2123–2172.
  • V. De Mazancourt, G. Marquet and P. Keith, 2019. Revision of freshwater shrimps belonging to Caridina weberi complex (Crustacea: Decapoda: Atyidae) from Polynesia with discussion on their biogeography. Journal of Natural History, 53: 13-14, 815-847.
  • V. De Mazancourt, D. Boseto, G. Marquet, and P. Keith, 2020. Solomon’s Gold Mine: Description or redescription of 24 species of Caridina (Crustacea: Decapoda: Atyidae) freshwater shrimps from the Solomon Islands, including 11 new species. European Journal of Taxonomy, 696: 1–86.
  • 福家悠介, 丸山智朗, 2024. 標準和名リュウグウヒメエビに対応するタクソンについて. CANCER 33: 15-23.
  • H. Nagai, T. Kitano and H. Imai, 2022. Molecular Phylogenetic Analysis of Caridina weberi Species Group around Japan, with the First Record of Caridina tupaia de Mazancourt, Marquet & Keith, 2019 (Crustacea: Decapoda: Atyidae) from Japan. Europian Journal of Aquatic Sciences, 1(1): 1-8.
  • 諸喜田茂充, 1979. 琉球列島の陸水エビ類の分布と種分化についてII. 琉球大学理学部紀要, 28: 193–278.
  • 豊田幸詞, 関慎太郎, 駒井智幸, 2014. 日本の淡水生エビ・カニ:日本産淡水・汽水性甲殻類102種. 誠文堂新光社, 東京.
  • 豊田幸詞, 関慎太郎, 駒井智幸, 2019. 日本産 淡水性・汽水性 エビ・カニ図鑑, 緑書房, 東京.